372 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2005/12/09(金) 01:56:54 ID:uLd9bsnw
もう何年も前になる。
中学生の弟が鏡の前で一人で笑ってるのを見掛け、吹き出しかけた。
服や髪に気を遣いだし、彼女が出来たと喜んでた時期だった。
だから、今度は笑顔を作る練習でも始めたのか?と考えた。
9つ離れてるから弟が生まれる前から知っていて、あの赤ん坊が
大きくなったもんだと、兄貴面して見なかったことにしてやった。
その後もそういう姿を幾度か見掛けた。
どれだけ経ってか、弟と喋るうちにやっと理由が分かった。
前に法事で親戚が集まったときに、みんな口を揃えて
「○○(弟)は笑ったらお父さんにそっくり!」って言ってたんだよ。
俺から見ても、確かによく似てる。父が死んだのは弟がまだ幼い
ときで、弟は父の顔を憶えていない。父は写真を撮られるのが
苦手だったから、笑顔の写真が一枚もない。
弟は普段、誰かが父の話をしても、大して興味なさげにしてるだけだった。
だから、記憶に残ってなきゃこんなもんかと寂しく感じたこともあった。
でも、そんなわけないんだよな。弟は、ああやって父に会ってたのか
と思うと、なぜか弟に申し訳なく切なくなる。
あの時、からかわなくて良かった。
2006年04月10日
2006年04月04日
いつもくる小さな子の話
242 名前:いい気分さん[] 投稿日:2006/03/32(土) 00:31:25
俺はセイコーマートで働いて三年目になる。いつもくる小さな子の話を一つ。
その子は生まれつき目が見えないらしく白い杖をつき母親と一緒に週に二、三度うちの店を訪れる客だった。
ある日、その子が一人で入口の前に立っている。入口のドアが引くタイプだったので俺はドアを開けてあげようとした。
その瞬間!同年代らしき糞ガキ二人が「お前さぁ、目見えねぇんだろ?素直に親帰ってくるまで家でおとなしく留守番でもしてろよ。バカだなぁ」といった。
さすがに俺も障害をもった人間に冷たくする人間は許せなかったので入口に向かったその時!
ガキの片方が「ほら、先に入れよ。ドア開けといてやるからよ。」と言った。
そしてその子の手をつなぎ、「何買いに来たんだ?」と二人組の片方が言うと、その子は「お母さんがすごい熱が出てるの。だから水枕に入れる氷買いにきたの。」と言った。
そして俺がレジで「398円です。」と言うと、二人組が「いいよ。俺が出しといてやるよ!そのかわりお前のお母ちゃんがよくなったら俺たちと遊べよな!」といい会計をすました。
そしてきっとその子の家までだろう。片方が氷をもち、片方はその子の手を繋いで帰っていった。
小さな子ども達の友情に感動!
俺はセイコーマートで働いて三年目になる。いつもくる小さな子の話を一つ。
その子は生まれつき目が見えないらしく白い杖をつき母親と一緒に週に二、三度うちの店を訪れる客だった。
ある日、その子が一人で入口の前に立っている。入口のドアが引くタイプだったので俺はドアを開けてあげようとした。
その瞬間!同年代らしき糞ガキ二人が「お前さぁ、目見えねぇんだろ?素直に親帰ってくるまで家でおとなしく留守番でもしてろよ。バカだなぁ」といった。
さすがに俺も障害をもった人間に冷たくする人間は許せなかったので入口に向かったその時!
ガキの片方が「ほら、先に入れよ。ドア開けといてやるからよ。」と言った。
そしてその子の手をつなぎ、「何買いに来たんだ?」と二人組の片方が言うと、その子は「お母さんがすごい熱が出てるの。だから水枕に入れる氷買いにきたの。」と言った。
そして俺がレジで「398円です。」と言うと、二人組が「いいよ。俺が出しといてやるよ!そのかわりお前のお母ちゃんがよくなったら俺たちと遊べよな!」といい会計をすました。
そしてきっとその子の家までだろう。片方が氷をもち、片方はその子の手を繋いで帰っていった。
小さな子ども達の友情に感動!
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(7)
| 泣ける
2006年04月03日
おばあちゃんにもらった千円札と言葉
189 名前:いい気分さん[] 投稿日:2005/10/02(日) 11:27:20
去年の夏のある日、俺はある無人駅のホームに佇んでた。その駅は山の間を縫うような所にあり、下の道からホームまで行くのに高い階段をのぼらなけれならなかった。市街に向かう一時間に一本の電車が到着しようとしていた。そのとき、大きな荷物を抱えたおばあちゃんが階段を昇ろうとしていた。
明らかに間に合いそうにない。俺は無意識のうちに階段を下り、おばあちゃんの荷物を持ち、手を引いて階段を上がった。ギリギリ間にあった。おばあちゃんは感謝しきりで、電車の中で俺に色々と話しかけてきた。
別れ際、おばあちゃんは俺にお礼として千円札を俺にくれた。無論、受け取れるわけがなく、俺は断ろうとした。
そんなつもりで助けたわけでわないと言う俺に対し、何もかも見透かしたように「いい事をすれば、必ずいい事が帰ってくる。お兄ちゃんみたいな人には必ずすごくいい事があるから‥これくらいしかできないけど受けとって、これでジュースでも買って。」と言われた。涙がとまらなかった。おそらく、気づいていたんだろう‥俺が死のうとしていたことを‥何をしても報われないと思っていたが、少しだけ救われた気がした。
帰りにコンビニに寄った。あのお金でジュースでも買おうと思い、レジに商品を置いた。
そのとき、おばあちゃんにかけてもらった言葉を思い出した。俺は店員さんに「やっぱ、いいです」
と買うのを断り、レジの横に置いてあった小銭で一杯の募金箱に、少しクシャクシャになったあの千円札をねじ込んだ。
あの日の出来事は生涯忘れることはないだろう。
去年の夏のある日、俺はある無人駅のホームに佇んでた。その駅は山の間を縫うような所にあり、下の道からホームまで行くのに高い階段をのぼらなけれならなかった。市街に向かう一時間に一本の電車が到着しようとしていた。そのとき、大きな荷物を抱えたおばあちゃんが階段を昇ろうとしていた。
明らかに間に合いそうにない。俺は無意識のうちに階段を下り、おばあちゃんの荷物を持ち、手を引いて階段を上がった。ギリギリ間にあった。おばあちゃんは感謝しきりで、電車の中で俺に色々と話しかけてきた。
別れ際、おばあちゃんは俺にお礼として千円札を俺にくれた。無論、受け取れるわけがなく、俺は断ろうとした。
そんなつもりで助けたわけでわないと言う俺に対し、何もかも見透かしたように「いい事をすれば、必ずいい事が帰ってくる。お兄ちゃんみたいな人には必ずすごくいい事があるから‥これくらいしかできないけど受けとって、これでジュースでも買って。」と言われた。涙がとまらなかった。おそらく、気づいていたんだろう‥俺が死のうとしていたことを‥何をしても報われないと思っていたが、少しだけ救われた気がした。
帰りにコンビニに寄った。あのお金でジュースでも買おうと思い、レジに商品を置いた。
そのとき、おばあちゃんにかけてもらった言葉を思い出した。俺は店員さんに「やっぱ、いいです」
と買うのを断り、レジの横に置いてあった小銭で一杯の募金箱に、少しクシャクシャになったあの千円札をねじ込んだ。
あの日の出来事は生涯忘れることはないだろう。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(0)
| 泣ける
じいちゃんとばあちゃん
521 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2006/03/30(木) 21:39:11
俺こういうの書くの下手だから意味わかんなかったらごめんな。
俺は物心ついた時から両親がいなかった。親父の浮気が原因でお袋と離婚して
親父は浮気相手と一緒にどっかに行ってしまった。お袋は離婚のショックから立ち直れずおかしくなってしまった
だから俺は親父の親であるじいちゃんとばあちゃんに育てられた。
じいちゃんとばあちゃんは俺にとっては親みたいな存在。一緒に後楽園も行ったし、授業参観も来てくれた。
テストの点が良かったり。部活で活躍するとうんと誉めてくれたり、悪いことしたらいっぱい叱ってくれた
俺はじいちゃんとばあちゃんが大好きだった。でも中学生の時ばあちゃんが死んだ。
死ぬ寸前まで俺の高校受験を心配してくれた。高校に合格したのをばあちゃんに報告した2週間後、ばあちゃんは死んだ。
俺は悲しかったし、大泣きしたけど、じいちゃんは泣かなかった。ただ、「ありがとう」って言ってずっと下を向いてた
それから、高校生活も順調だったし、毎日が楽しかった。
やがて、高校を卒業して、就職が決まり、同僚と結婚。子供もできてじいちゃんは「ひ孫が見れた」と凄く喜んでた。
でも、じいちゃんは徐々に元気がなくなってきていた。年取ったせいか、目がしょぼしょぼして腰が曲がり、寝たきりになってしまった。でもある日、じいちゃんが急に元気になって息子と遊んだり散歩に出た日があった。俺も嬉しくなって、じいちゃんと一緒にその夜は酒を飲んだ。
その時、初めてじいちゃんが泣いた。「立派になったなあ〜」といいながらじいちゃんが泣いた。
俺はじいちゃんが泣くのははじめて見て驚いた。
ばあちゃんが亡くなった時も、就職が決まった時も、俺の結婚式の時も、一度も泣かなかったじいちゃんが泣いた。
だけど、次の日じいちゃんが亡くなった。あんなに元気になったから、ショックだった。
遺書が書いてあった。すっごい素っ気ない遺書だったけど、照れ屋なじいちゃんらしい内容だった。
「正雄、ありがとう。私は幸せでした。これからも夫婦仲良く、末永くお幸せでいてください。お願いします。」
じいちゃん!俺は幸せだ。息子は俺の影響で野球やってるし、嫁はじいちゃんが教えた肉じゃが作れるようになったよ
俺はじいちゃんみたいに立派な親になれるか解からないけど、頑張ってやってみるよ。
ありがとう、じいちゃん。
俺こういうの書くの下手だから意味わかんなかったらごめんな。
俺は物心ついた時から両親がいなかった。親父の浮気が原因でお袋と離婚して
親父は浮気相手と一緒にどっかに行ってしまった。お袋は離婚のショックから立ち直れずおかしくなってしまった
だから俺は親父の親であるじいちゃんとばあちゃんに育てられた。
じいちゃんとばあちゃんは俺にとっては親みたいな存在。一緒に後楽園も行ったし、授業参観も来てくれた。
テストの点が良かったり。部活で活躍するとうんと誉めてくれたり、悪いことしたらいっぱい叱ってくれた
俺はじいちゃんとばあちゃんが大好きだった。でも中学生の時ばあちゃんが死んだ。
死ぬ寸前まで俺の高校受験を心配してくれた。高校に合格したのをばあちゃんに報告した2週間後、ばあちゃんは死んだ。
俺は悲しかったし、大泣きしたけど、じいちゃんは泣かなかった。ただ、「ありがとう」って言ってずっと下を向いてた
それから、高校生活も順調だったし、毎日が楽しかった。
やがて、高校を卒業して、就職が決まり、同僚と結婚。子供もできてじいちゃんは「ひ孫が見れた」と凄く喜んでた。
でも、じいちゃんは徐々に元気がなくなってきていた。年取ったせいか、目がしょぼしょぼして腰が曲がり、寝たきりになってしまった。でもある日、じいちゃんが急に元気になって息子と遊んだり散歩に出た日があった。俺も嬉しくなって、じいちゃんと一緒にその夜は酒を飲んだ。
その時、初めてじいちゃんが泣いた。「立派になったなあ〜」といいながらじいちゃんが泣いた。
俺はじいちゃんが泣くのははじめて見て驚いた。
ばあちゃんが亡くなった時も、就職が決まった時も、俺の結婚式の時も、一度も泣かなかったじいちゃんが泣いた。
だけど、次の日じいちゃんが亡くなった。あんなに元気になったから、ショックだった。
遺書が書いてあった。すっごい素っ気ない遺書だったけど、照れ屋なじいちゃんらしい内容だった。
「正雄、ありがとう。私は幸せでした。これからも夫婦仲良く、末永くお幸せでいてください。お願いします。」
じいちゃん!俺は幸せだ。息子は俺の影響で野球やってるし、嫁はじいちゃんが教えた肉じゃが作れるようになったよ
俺はじいちゃんみたいに立派な親になれるか解からないけど、頑張ってやってみるよ。
ありがとう、じいちゃん。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(1)
| 泣ける
2006年04月02日
あっくんと泥団子
215 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:05/03/01(火) 11:25:34
誰も居ないから書く
自分が10歳の時の思い出。
私の家は3人兄弟でした 2歳年上の兄とそして7つ違いの弟。
両親は共働きでした
小学校4年生の夏休み、母は仕事の為に兄と私とで一日交代で弟の面倒を見てました
当時、兄と私は学校の友達と遊ぶのでこの小さい弟が少しうとましく思ってました
そんな夏休みのある日、私が昼食を取りに家に帰ると弟が一人で部屋で遊んでました
「あっくんお兄ちゃんは?」弟に聞くと、弟にご飯を食べさせ遊びに行ってしまったらしい
「ねぇ一緒に遊ぼ、泥団子作りしよ」と弟は私を誘って来ました
私は友達と遊ぶ約束もしてたし、今日はお兄ちゃんの番なんだ
お兄ちゃんが面倒見なくて後でお母さんに怒られれば良いんだと思いました
「遊び行くから今日は駄目、明日遊ぼ」私は弟の顔を見ずにそう言い放ってしまいました
その時は弟の気持ちを考えず、兄に対する怒りと何で私が…の気持ちだけでした
その後私は予定通り遊びに行き、夕食の出来る7時近くに家に戻ると
家には兄しか居なく、母も弟も居ません。 その兄もいつもと違い何か起きたのは
子供心でも分かりました
「何か有ったのお兄ちゃん?」私は何が起こったか聞きました
「敦が熱出して、救急車に乗って病院に言った」
兄は少し震えながら言ってた 後で怒られるのが怖いのか、よっぽどの事が起こったのか
私はその時は分からなかった ただ母が一緒に行った事だけは分かった
続きを読む
誰も居ないから書く
自分が10歳の時の思い出。
私の家は3人兄弟でした 2歳年上の兄とそして7つ違いの弟。
両親は共働きでした
小学校4年生の夏休み、母は仕事の為に兄と私とで一日交代で弟の面倒を見てました
当時、兄と私は学校の友達と遊ぶのでこの小さい弟が少しうとましく思ってました
そんな夏休みのある日、私が昼食を取りに家に帰ると弟が一人で部屋で遊んでました
「あっくんお兄ちゃんは?」弟に聞くと、弟にご飯を食べさせ遊びに行ってしまったらしい
「ねぇ一緒に遊ぼ、泥団子作りしよ」と弟は私を誘って来ました
私は友達と遊ぶ約束もしてたし、今日はお兄ちゃんの番なんだ
お兄ちゃんが面倒見なくて後でお母さんに怒られれば良いんだと思いました
「遊び行くから今日は駄目、明日遊ぼ」私は弟の顔を見ずにそう言い放ってしまいました
その時は弟の気持ちを考えず、兄に対する怒りと何で私が…の気持ちだけでした
その後私は予定通り遊びに行き、夕食の出来る7時近くに家に戻ると
家には兄しか居なく、母も弟も居ません。 その兄もいつもと違い何か起きたのは
子供心でも分かりました
「何か有ったのお兄ちゃん?」私は何が起こったか聞きました
「敦が熱出して、救急車に乗って病院に言った」
兄は少し震えながら言ってた 後で怒られるのが怖いのか、よっぽどの事が起こったのか
私はその時は分からなかった ただ母が一緒に行った事だけは分かった
続きを読む
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(5)
| 泣ける
2006年03月31日
僕のパソコンには、ずっと大切にしまってあるAAがある
15 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/02/09(月) 21:33
僕のパソコンには、ずっと大切にしまってあるAAがある
いつか出せる日がくるまで誰にも見せない
それは僕の弟が作ったAA
病院で携帯電話の使えない弟は、PHSでメールをするのが唯一の楽しみ
ある日、僕は味ぽんを知った
病院内での、ささやかな誕生日
弟は銀色の端末を握りしめて満面の笑顔を浮かべていた
「兄ちゃん、これスゴイねん!色々見れるし掲示板も書けんねん」
弟は難しい操作も覚えて
いつか退院したらコロニナでポイントを増やすんだ、と言っていた
しかし、僕は知っていた
弟は、もう遠くのアンテナに電波を飛ばすことは無いと
「ねえ兄ちゃん、味ぽん動かへん」
午後の病室。元気のない弟と動かなくなった味ぽん
僕は、せっせとファームアップをした
「兄ちゃん…ゴムが…ゴムが…」
たまに僕がPCに繋いでいたのが災いしたのだろう
伸びきったゴムが充電を妨げて弟を悲しませた
「味ぽんも病院に入れなあかんな」
慰めようとすると、弟は言った
「病人が使こうてるから、味ぽんも体悪ぅなるんかな?」
残念ながら代替機は味ぽんではなかった
病院に許可をとって、僕は弟にパソコンを貸した
しかしパソコンは上体を起こさなければ操作が出来ない
「味ぽん早よぅ治るといいねぇ」
辛そうにキーボードを叩きながら弟が言った
続きを読む
僕のパソコンには、ずっと大切にしまってあるAAがある
いつか出せる日がくるまで誰にも見せない
それは僕の弟が作ったAA
病院で携帯電話の使えない弟は、PHSでメールをするのが唯一の楽しみ
ある日、僕は味ぽんを知った
病院内での、ささやかな誕生日
弟は銀色の端末を握りしめて満面の笑顔を浮かべていた
「兄ちゃん、これスゴイねん!色々見れるし掲示板も書けんねん」
弟は難しい操作も覚えて
いつか退院したらコロニナでポイントを増やすんだ、と言っていた
しかし、僕は知っていた
弟は、もう遠くのアンテナに電波を飛ばすことは無いと
「ねえ兄ちゃん、味ぽん動かへん」
午後の病室。元気のない弟と動かなくなった味ぽん
僕は、せっせとファームアップをした
「兄ちゃん…ゴムが…ゴムが…」
たまに僕がPCに繋いでいたのが災いしたのだろう
伸びきったゴムが充電を妨げて弟を悲しませた
「味ぽんも病院に入れなあかんな」
慰めようとすると、弟は言った
「病人が使こうてるから、味ぽんも体悪ぅなるんかな?」
残念ながら代替機は味ぽんではなかった
病院に許可をとって、僕は弟にパソコンを貸した
しかしパソコンは上体を起こさなければ操作が出来ない
「味ぽん早よぅ治るといいねぇ」
辛そうにキーボードを叩きながら弟が言った
続きを読む
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(8)
| 泣ける
2006年03月29日
俺には母親がいない
492 名前:1/5[sage] 投稿日:2006/02/13(月) 05:50:13 ID:Ksv7Zq5b
俺には母親がいない。
俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。
産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。
耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたわけだが、
片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。
耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。
その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
やがて障害者であるということがその理由だとわかると
俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。
だから俺は父親を憎んだ。
そして死んだ母親すら憎んだ。
なぜこんな身体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。
手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。
ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。
その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。
続きを読む
俺には母親がいない。
俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。
産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。
耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたわけだが、
片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。
耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。
その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
やがて障害者であるということがその理由だとわかると
俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。
だから俺は父親を憎んだ。
そして死んだ母親すら憎んだ。
なぜこんな身体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。
手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。
ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。
その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。
続きを読む
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(22)
| 泣ける
2006年03月28日
星の形のにんじん
527 名前:1/2[] 投稿日:2006/03/27(月) 14:37:44 ID:J5ezjAvK0
510 名前: 大人になった名無しさん [sage] 投稿日: 2006/03/27(月) 13:52:48
俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。
まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。
この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、
良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。
こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、
やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。
あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。
父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。
一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。
でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、
その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。
当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、
「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。
星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。
でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。
突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。
いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。
同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人抱き合ってわんわん泣いたっけ。
528 名前:2/2[] 投稿日:2006/03/27(月) 14:37:59 ID:J5ezjAvK0
それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。
高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて俺が言っても、
「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って冗談めかして笑ったっけ。
そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。
結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。
でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。
良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。
心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。
510 名前: 大人になった名無しさん [sage] 投稿日: 2006/03/27(月) 13:52:48
俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。
まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。
この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、
良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。
こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、
やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。
あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。
父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。
一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。
でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、
その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。
当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、
「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。
星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。
でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。
突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。
いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。
同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人抱き合ってわんわん泣いたっけ。
528 名前:2/2[] 投稿日:2006/03/27(月) 14:37:59 ID:J5ezjAvK0
それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。
高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて俺が言っても、
「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って冗談めかして笑ったっけ。
そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。
結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。
でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。
良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。
心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(2)
| 泣ける
2006年03月25日
コンビニ店員とタバコを買いに来た客
48 名前:いい気分さん[sage] 投稿日:2005/06/30(木) 02:25:41
体調悪くてバイトがいつも以上にダルかった日。
タバコを買いに来た客がいた。20代前半だと思われる男。
でもそいつは店に入ってきてすぐカウンターの前に立って、自分の欲しいタバコがある辺りを指差すだけ。
俺は銘柄か通し番号くらい言えよ、と思いながら、
客が指してるあたりのタバコを一個一個確認していった。こういう客は結構多いけど、かなりイラつく。
で、なかなか目当てのタバコに当たらなくて、
しびれを切らしたのか いきなり男がカウンター内に入ってきた。
殴りかかってくるのかと思って、ビビリながらも俺は男を止めようとした。
けれどその男は俺の横をスッと通って、一つのタバコを指差す。
キャビンマイルド。
俺「・・・270円です」
金を受け取り、男が帰ろうとしてるときにマニュアル通りに「ありがとうございました」を言おうとしたら、
その男は左手の甲に、ゆっくりと手刀を落とした。
手話の、「ありがとう」。
それが何を意味するか、すぐに解った。
俺は「ありがとうございました」を言えず、男と同じ仕草を返した。
体調悪くてバイトがいつも以上にダルかった日。
タバコを買いに来た客がいた。20代前半だと思われる男。
でもそいつは店に入ってきてすぐカウンターの前に立って、自分の欲しいタバコがある辺りを指差すだけ。
俺は銘柄か通し番号くらい言えよ、と思いながら、
客が指してるあたりのタバコを一個一個確認していった。こういう客は結構多いけど、かなりイラつく。
で、なかなか目当てのタバコに当たらなくて、
しびれを切らしたのか いきなり男がカウンター内に入ってきた。
殴りかかってくるのかと思って、ビビリながらも俺は男を止めようとした。
けれどその男は俺の横をスッと通って、一つのタバコを指差す。
キャビンマイルド。
俺「・・・270円です」
金を受け取り、男が帰ろうとしてるときにマニュアル通りに「ありがとうございました」を言おうとしたら、
その男は左手の甲に、ゆっくりと手刀を落とした。
手話の、「ありがとう」。
それが何を意味するか、すぐに解った。
俺は「ありがとうございました」を言えず、男と同じ仕草を返した。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(3)
| 泣ける
2006年03月24日
毒男にとっては日常でよくあることだよ。('A`)
73 名前:Mr.名無しさん[] 投稿日:2006/03/12(日) 00:30:09
先月の話
30代の社員が3月で退職することに
俺と同期入社の奴が発起人になって、彼の送別会をやるそうだ
発起人は歳の近い連中のところを回って参加を募っている
隣の課にいる中途入社の男の子にも、当の社員と付き合いなんてないのに
「こういう方が今度退職されることになって…」と誘いをかけているのを見た
発起人は俺がいる課にもやってきて、俺の隣の女の子に声をかけた
俺は内心「またお酌してもらえないのも寂しいけど…」と思ったが
「だからと言って適当な理由で逃げても何も始まらない
よし、手酌でもいいから一生懸命飲んで、酔った勢いで笑いでも取って
がんばろう」と心を決めた
発起人が女の子と話し終わるのを待っていたら、彼は女の子の参加を取り付けると
俺を無視して、そのまま別の社員の所へ行ってしまった
当日定時になると参加者はみんなそそくさと帰り出した
俺はそんな連中が見えないようにパソコンの画面を見つめていた
そしたら空気読めない上司が「おい!今夜は送別会だろう!何やってんだ!」と
玄関まで聞こえるくらいの声で言った
俺が答えに窮していると「残業なんていい!遅刻なんてするな!すぐ行け!」と
俺を職場から叩き出してしまった
しょうがないから帰ろうとしたが、玄関で参加者がたむろしているのに出くわした
別の課の知らない女の子が「わー じゃあ発起人さんと私たち経済学部系ですね!」と
はしゃいでいた
狭い玄関でみんな俺が通れるようどいてくれたし おつかれさん と挨拶もしてくれたが
結局それは呼ばれていない証 惨めだった
75 名前:Mr.名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 01:18:26
>>73
コピペだと言ってくれorz
76 名前:Mr.名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 02:17:39
コピペだろうが、毒男にとっては日常でよくあることだよ。('A`)
コピペと言わずにテンプレートと呼ぼうよ。
先月の話
30代の社員が3月で退職することに
俺と同期入社の奴が発起人になって、彼の送別会をやるそうだ
発起人は歳の近い連中のところを回って参加を募っている
隣の課にいる中途入社の男の子にも、当の社員と付き合いなんてないのに
「こういう方が今度退職されることになって…」と誘いをかけているのを見た
発起人は俺がいる課にもやってきて、俺の隣の女の子に声をかけた
俺は内心「またお酌してもらえないのも寂しいけど…」と思ったが
「だからと言って適当な理由で逃げても何も始まらない
よし、手酌でもいいから一生懸命飲んで、酔った勢いで笑いでも取って
がんばろう」と心を決めた
発起人が女の子と話し終わるのを待っていたら、彼は女の子の参加を取り付けると
俺を無視して、そのまま別の社員の所へ行ってしまった
当日定時になると参加者はみんなそそくさと帰り出した
俺はそんな連中が見えないようにパソコンの画面を見つめていた
そしたら空気読めない上司が「おい!今夜は送別会だろう!何やってんだ!」と
玄関まで聞こえるくらいの声で言った
俺が答えに窮していると「残業なんていい!遅刻なんてするな!すぐ行け!」と
俺を職場から叩き出してしまった
しょうがないから帰ろうとしたが、玄関で参加者がたむろしているのに出くわした
別の課の知らない女の子が「わー じゃあ発起人さんと私たち経済学部系ですね!」と
はしゃいでいた
狭い玄関でみんな俺が通れるようどいてくれたし おつかれさん と挨拶もしてくれたが
結局それは呼ばれていない証 惨めだった
75 名前:Mr.名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 01:18:26
>>73
コピペだと言ってくれorz
76 名前:Mr.名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 02:17:39
コピペだろうが、毒男にとっては日常でよくあることだよ。('A`)
コピペと言わずにテンプレートと呼ぼうよ。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(2)
| 泣ける
2006年03月23日
長年周りからキモイキモイと言われ続け…
51 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2005/06/27(月) 15:41:00 ID:vFXDlST5
長年周りからキモイキモイと言われ続け、いい加減凹んでたときに盗み聞いた近くの婦女子共の会話。
「でもさー、ホントにキモイ奴には面と向かってキモイって言えないよねーwww」
生きよう、と思った。
53 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2005/06/27(月) 15:55:23 ID:Y2+EE9q2
>>51
∧__∧
( ´・ω・)∧∧l||l
/⌒ ,つ⌒ヽ)
(___ ( __)
"''"" "'゙''` '゙ ゙゚' ''' '' ''' ゚` ゙ ゚ ゙''`
長年周りからキモイキモイと言われ続け、いい加減凹んでたときに盗み聞いた近くの婦女子共の会話。
「でもさー、ホントにキモイ奴には面と向かってキモイって言えないよねーwww」
生きよう、と思った。
53 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2005/06/27(月) 15:55:23 ID:Y2+EE9q2
>>51
∧__∧
( ´・ω・)∧∧l||l
/⌒ ,つ⌒ヽ)
(___ ( __)
"''"" "'゙''` '゙ ゙゚' ''' '' ''' ゚` ゙ ゚ ゙''`
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(1)
| 泣ける
2006年03月22日
人前で泣いた事のない祖父
621 名前:癒されたい名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/20(月) 21:47:20 ID:g4KZVGKT
人前で泣いた事のない祖父がいる。祖父の泣いてる姿を見た人は誰も居なかった。あの日までは‥
祖父は何があっても泣かない。祖母が亡くなっても泣くことはなかった。
お葬式中も冷静に、ただ黙って祖母の顔を眺めていた。
皆が祖母との別れをすませ、出棺の時だった。
「待って!!」いきなり祖父は叫び車を呼び止めた。
もう一度、祖母の顔を見せてと頼み、顔を見た瞬間に初めて祖父は人前で涙を流した。
もう時間だから…と祖父を説得しても「待って、待って!」と子供のように泣き叫んでいた。
愛する人の顔を擦りながら、ワンワンと泣いていた。
時間が無いので車は出発した。祖父は、いつまでも車を追い掛けて「待って!待って」と泣き叫んでいた
火葬の時も「待って!待って!!」と泣き叫んでいた。
普段、人前で涙を見せない祖父が泣いていた。
祖母はすごく、すごく愛されていたんだと思う。幸せだったのだろう
人前で泣いた事のない祖父がいる。祖父の泣いてる姿を見た人は誰も居なかった。あの日までは‥
祖父は何があっても泣かない。祖母が亡くなっても泣くことはなかった。
お葬式中も冷静に、ただ黙って祖母の顔を眺めていた。
皆が祖母との別れをすませ、出棺の時だった。
「待って!!」いきなり祖父は叫び車を呼び止めた。
もう一度、祖母の顔を見せてと頼み、顔を見た瞬間に初めて祖父は人前で涙を流した。
もう時間だから…と祖父を説得しても「待って、待って!」と子供のように泣き叫んでいた。
愛する人の顔を擦りながら、ワンワンと泣いていた。
時間が無いので車は出発した。祖父は、いつまでも車を追い掛けて「待って!待って」と泣き叫んでいた
火葬の時も「待って!待って!!」と泣き叫んでいた。
普段、人前で涙を見せない祖父が泣いていた。
祖母はすごく、すごく愛されていたんだと思う。幸せだったのだろう
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(5)
| 泣ける
2006年03月16日
みんな弟が大好きだった
429 名前:ほんわか名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/15(水) 10:53:29 0
私が8歳だった頃の今日、たった1人の兄弟だった3歳の弟が死んだ。
弟は生まれた時の病院の処置が悪かったせいで脳性麻痺になり、
歩くことも喋ることもハイハイすることもできなかった。だけど家族みんな弟が大好きだった。
そんな大好きな弟の命日が近くなるにつれ怖くなって頭痛がして、昨日は学校を休んでしまった。
今年は親元離れた外国でこの命日を迎えている。
弟のことを知ってる人がいないということで余計寂しくなって、耐えれなくなった昨日、
弟のことを既に話してあったホストマザーに「明日が命日だから凄く怖い」と言った。
それを聞いたホストマザーは、「なら明日も学校休みなさい。明日は勉強する必要はないわ。
弟のことだけ考えてなさい。人生って時に辛いものよね。泣いていいのよ。
この国のあなたのお母さんは私なんだから」と私をぎゅっと抱きしめてくれた。
凄くうれしくて、思いっきり泣いてしまった。
そして今日、私はホストマザーに言われたとおり学校を休んで、
あと数時間で弟が死んだ時間だという恐怖に震えながら布団に包まっていた。
すると、ついさっきホストマザーが私の部屋のドアをノックした。
ホストマザーは私が通っている学校で働いているけど、仕事の休み時間に戻ってきてくれたらしい。
「今日ずっとあなたのことばかり考えているの。気分は大丈夫?」
そう言いながら、ホストマザーは小さな薔薇の花束をくれた。
「これで少しは気分が良くなってくれたら嬉しいわ」と私にその花束を渡し、花瓶を取りに行くホストマザー。
ホストマザーは意識してなかっただろうけど、薔薇の数は弟との年の差の数である5。
薔薇の色は弟がよく目だけを動かして見ていた、多分弟が好きだったであろう赤色だった。
何度も何度もありがとうって言ったけど、何度言っても言い足りないぐらい嬉しかった。
「仕事終わったらすぐ帰ってくるから」と言ってもうホストマザーは学校に戻ったけど、
机に置いてある弟の写真の横に飾られたその花束を見て、涙が止まらない。
ホストマザー、ありがとう。
今週の土曜の夜、日本食を作ってあげる約束してたよね。
とびっきり美味しい日本食を作って、私も少しでもあなたを嬉しくさせてあげたいです。
長文&乱文スマソ…
私が8歳だった頃の今日、たった1人の兄弟だった3歳の弟が死んだ。
弟は生まれた時の病院の処置が悪かったせいで脳性麻痺になり、
歩くことも喋ることもハイハイすることもできなかった。だけど家族みんな弟が大好きだった。
そんな大好きな弟の命日が近くなるにつれ怖くなって頭痛がして、昨日は学校を休んでしまった。
今年は親元離れた外国でこの命日を迎えている。
弟のことを知ってる人がいないということで余計寂しくなって、耐えれなくなった昨日、
弟のことを既に話してあったホストマザーに「明日が命日だから凄く怖い」と言った。
それを聞いたホストマザーは、「なら明日も学校休みなさい。明日は勉強する必要はないわ。
弟のことだけ考えてなさい。人生って時に辛いものよね。泣いていいのよ。
この国のあなたのお母さんは私なんだから」と私をぎゅっと抱きしめてくれた。
凄くうれしくて、思いっきり泣いてしまった。
そして今日、私はホストマザーに言われたとおり学校を休んで、
あと数時間で弟が死んだ時間だという恐怖に震えながら布団に包まっていた。
すると、ついさっきホストマザーが私の部屋のドアをノックした。
ホストマザーは私が通っている学校で働いているけど、仕事の休み時間に戻ってきてくれたらしい。
「今日ずっとあなたのことばかり考えているの。気分は大丈夫?」
そう言いながら、ホストマザーは小さな薔薇の花束をくれた。
「これで少しは気分が良くなってくれたら嬉しいわ」と私にその花束を渡し、花瓶を取りに行くホストマザー。
ホストマザーは意識してなかっただろうけど、薔薇の数は弟との年の差の数である5。
薔薇の色は弟がよく目だけを動かして見ていた、多分弟が好きだったであろう赤色だった。
何度も何度もありがとうって言ったけど、何度言っても言い足りないぐらい嬉しかった。
「仕事終わったらすぐ帰ってくるから」と言ってもうホストマザーは学校に戻ったけど、
机に置いてある弟の写真の横に飾られたその花束を見て、涙が止まらない。
ホストマザー、ありがとう。
今週の土曜の夜、日本食を作ってあげる約束してたよね。
とびっきり美味しい日本食を作って、私も少しでもあなたを嬉しくさせてあげたいです。
長文&乱文スマソ…
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(0)
| 泣ける
2006年03月14日
手先が器用でイタズラ好きの父さん
266 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/12(日) 10:46:49 ID:/LiN9Kva
父さんは手先が器用だった。
小学校3年生の工作、少し手伝ってって言っただけなのに、120%の渾身の精力を傾けて作ってくれた空母赤城。何故かキットにない零戦の整備兵までいる。
物凄すぎて出せなかったよパパン…
イタズラも得意だったよな。
俺の歴史の教科書、ザビエルは天使になってるし、伊藤博文は(=゚ω゚)ノぃょぅとかやってるし。
(後でどれだけ怒られたと思ってるんだよw)
病室も折紙のカエルだらけにして看護婦さんに真剣に怒られてたっけ。
この間娘にせがまれてカエルを折ってやってたら、思い出して後で泣いてしまった。
死ぬ何日か前に車椅子に乗った父さんに会った時、こっちにおいでって言われたのに、痩せ細った父さんが恐くて尻込みしちゃったんだよな。
あれが今生の別れだったのにな。ごめんな。本当にごめんな。
あなたみたいに愛情深く、面白い人間にはなれないかも知れないけど、
いつかは娘を萌えさせてみせるから。
父さんは手先が器用だった。
小学校3年生の工作、少し手伝ってって言っただけなのに、120%の渾身の精力を傾けて作ってくれた空母赤城。何故かキットにない零戦の整備兵までいる。
物凄すぎて出せなかったよパパン…
イタズラも得意だったよな。
俺の歴史の教科書、ザビエルは天使になってるし、伊藤博文は(=゚ω゚)ノぃょぅとかやってるし。
(後でどれだけ怒られたと思ってるんだよw)
病室も折紙のカエルだらけにして看護婦さんに真剣に怒られてたっけ。
この間娘にせがまれてカエルを折ってやってたら、思い出して後で泣いてしまった。
死ぬ何日か前に車椅子に乗った父さんに会った時、こっちにおいでって言われたのに、痩せ細った父さんが恐くて尻込みしちゃったんだよな。
あれが今生の別れだったのにな。ごめんな。本当にごめんな。
あなたみたいに愛情深く、面白い人間にはなれないかも知れないけど、
いつかは娘を萌えさせてみせるから。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(0)
| 泣ける
隠れた努力家の物語
285 名前: 1/2 [sage] 投稿日: 2005/10/11(火) 20:26:36 ID:uCfEYqqx
2〜3年前の話だけど(中2の時)
俺は、小2ぐらいから運痴を改善しようと、筋トレやら何やら
色々やってたんだよな(冗談抜きに4〜5時間やってた
で、それを変にシャイだった俺は、夕方〜夜中にかけて誰にもばれないようにやってた
親が共働きでその時間はいなかったし、もちろん勉強もやってた(自慢じゃないけど割りとできる方
でも、なぜか記録は伸びるどころか逆に悪くなる一方・・・
見た目もカラテカ矢部もしくはBUMP藤原並みにガリだった
そんなある時、体育の授業で先公が急に
「おまえら!努力は怠るんじゃないぞ!家に閉じこもってゲームばっかりやってると○○(俺)のようになるからな!w○○は勉強はできるみたいだが、運動ができなきゃそんなもんただの引きこもり予備軍だ!w」
ってみんなの前で言い出した、もちろんその頃の俺以外の皆は大爆笑+DQNが「だってよwクズ人間ww」
んで、いつもは馬鹿にされても「気にしね〜よ」って感じで冷めた振りしてた俺だけど、そんときはめちゃくちゃブチ切れた
その「努力でいつかは見返せるんだ!」って言うずっと自分支えてた信念がそんなジョークめかした一言で何も知らない体育教師一人踏みにじられた気がしてゆるせなかったから・・・
で、よく分からんうちにその先公に殴りかかって行ったんだよな(周り曰くすごい剣幕だったとか
もちろん鼻血出させただけで背負い投げ食らって終わったんだけど
すぐ立ち上がって、顔色一つ変えず、全校に聞こえそうな勢いの声で
泣き出す女子と呆気にとられてる男子、切れ気味の教師にむかって
「お前らふざけんじゃねぇ!何にも知らない赤の他人に、俺の価値決められたくねぇんだよ!
俺が本当に何もしてこなかったと思ってるのか!?あぁ!?お前らに俺の気持ちがわかるか!?
毎日毎日、てめぇらが茶の間でTVみてるような時間に!ひとり真っ暗な山道を何週も何十週もして!
体ぶっ壊れるぐらい筋トレして!(よく(疲労)骨折をするのは皆知ってた)
でもよくなるどころかむしろ悪くなっていくわ、皆に馬鹿にされるわで!
それでも、俺の運動音痴は誰の所為でもないから、そんな怒りは自分に向けるしかねぇんだ!!
「努力」は俺だけがしてるんだ!とは言わねぇ!分かってくれとも言わねぇ!
でもな!分かろうとする気が無いなら黙っといてくれ!」
と怒鳴りまくってギャラリー・教師・クラスメイト(DQNも)を号泣させた事があった
286 名前: 2/2 [sage] 投稿日: 2005/10/11(火) 20:46:16 ID:uCfEYqqx
その後その体育教師は辞職して行って
その日に校長に呼ばれて、辞表を読むように言われたので
読んだら俺への謝罪文がびっしり書かれていて、さすがに悪い事したかなと思った
周りは、なんだか運痴をあまり馬鹿にしなくなったし、電話掛けてきてなきながら謝ってくれる奴もいた
特に俺を「根性なしめ!」と馬鹿にしてた奴は、元々は俺みたく運痴で、やはり走りまくって改善したとの事で、それから(今でも)親友になった
なんでそいつみたく直らなかったのかってのは、血液に障害があって
筋肉が増えない病気(激しい運動すると減る)ってのが分かった(ちょくちょく同じ病気(たぶん)の人のカキコみる)
いままでの努力は全部墓穴だったんだって知った時は当然落胆したけど
色々なものを得れたからよかったと思えた(最もその日は泣きっぱなしだったけどw
1で出した教師の一言だけでよかったかな・・・スレ汚しごめん
ちなみに実話です。信じる信じないは勝手ですけどね
2〜3年前の話だけど(中2の時)
俺は、小2ぐらいから運痴を改善しようと、筋トレやら何やら
色々やってたんだよな(冗談抜きに4〜5時間やってた
で、それを変にシャイだった俺は、夕方〜夜中にかけて誰にもばれないようにやってた
親が共働きでその時間はいなかったし、もちろん勉強もやってた(自慢じゃないけど割りとできる方
でも、なぜか記録は伸びるどころか逆に悪くなる一方・・・
見た目もカラテカ矢部もしくはBUMP藤原並みにガリだった
そんなある時、体育の授業で先公が急に
「おまえら!努力は怠るんじゃないぞ!家に閉じこもってゲームばっかりやってると○○(俺)のようになるからな!w○○は勉強はできるみたいだが、運動ができなきゃそんなもんただの引きこもり予備軍だ!w」
ってみんなの前で言い出した、もちろんその頃の俺以外の皆は大爆笑+DQNが「だってよwクズ人間ww」
んで、いつもは馬鹿にされても「気にしね〜よ」って感じで冷めた振りしてた俺だけど、そんときはめちゃくちゃブチ切れた
その「努力でいつかは見返せるんだ!」って言うずっと自分支えてた信念がそんなジョークめかした一言で何も知らない体育教師一人踏みにじられた気がしてゆるせなかったから・・・
で、よく分からんうちにその先公に殴りかかって行ったんだよな(周り曰くすごい剣幕だったとか
もちろん鼻血出させただけで背負い投げ食らって終わったんだけど
すぐ立ち上がって、顔色一つ変えず、全校に聞こえそうな勢いの声で
泣き出す女子と呆気にとられてる男子、切れ気味の教師にむかって
「お前らふざけんじゃねぇ!何にも知らない赤の他人に、俺の価値決められたくねぇんだよ!
俺が本当に何もしてこなかったと思ってるのか!?あぁ!?お前らに俺の気持ちがわかるか!?
毎日毎日、てめぇらが茶の間でTVみてるような時間に!ひとり真っ暗な山道を何週も何十週もして!
体ぶっ壊れるぐらい筋トレして!(よく(疲労)骨折をするのは皆知ってた)
でもよくなるどころかむしろ悪くなっていくわ、皆に馬鹿にされるわで!
それでも、俺の運動音痴は誰の所為でもないから、そんな怒りは自分に向けるしかねぇんだ!!
「努力」は俺だけがしてるんだ!とは言わねぇ!分かってくれとも言わねぇ!
でもな!分かろうとする気が無いなら黙っといてくれ!」
と怒鳴りまくってギャラリー・教師・クラスメイト(DQNも)を号泣させた事があった
286 名前: 2/2 [sage] 投稿日: 2005/10/11(火) 20:46:16 ID:uCfEYqqx
その後その体育教師は辞職して行って
その日に校長に呼ばれて、辞表を読むように言われたので
読んだら俺への謝罪文がびっしり書かれていて、さすがに悪い事したかなと思った
周りは、なんだか運痴をあまり馬鹿にしなくなったし、電話掛けてきてなきながら謝ってくれる奴もいた
特に俺を「根性なしめ!」と馬鹿にしてた奴は、元々は俺みたく運痴で、やはり走りまくって改善したとの事で、それから(今でも)親友になった
なんでそいつみたく直らなかったのかってのは、血液に障害があって
筋肉が増えない病気(激しい運動すると減る)ってのが分かった(ちょくちょく同じ病気(たぶん)の人のカキコみる)
いままでの努力は全部墓穴だったんだって知った時は当然落胆したけど
色々なものを得れたからよかったと思えた(最もその日は泣きっぱなしだったけどw
1で出した教師の一言だけでよかったかな・・・スレ汚しごめん
ちなみに実話です。信じる信じないは勝手ですけどね
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(5)
| 泣ける
2006年03月12日
ダンスダンスレボリューション物語
418 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/08/02(火) 16:19:06 ID:E1iVcRsZ
なんかさ、ゲーセンにダンスダンスレボリューションって
あるじゃない。プレイしてる姿が明らかにダンスじゃないあれ。
俺の行くゲーセンにいる奴等であれプレイしている集団は
ホント五月蝿くてさ、正直嫌いだったんだよ。あのゲーム。
んで、この間ゲーセンに行ったらさ、なんか子供がそれやってんのね。
すごくたどたどしいステップで。しかもよく見てみると
後ろを認識してないんだ、これが。当然いい成績取れなくて
何度も何度もチャレンジしてるんだが、ダメ。もう半泣きでやってるんだよ。
んで、いつもやってる集団がそれを後ろで大笑いしながら見てるわけ。
もうなんて言うか、その子を助けたいと言うよりもそいつらに腹が立ってさ
その子の後ろからそっと近付いて、代わりに後ろのステップを
やってあげたわけよ。で、やっといい成績が取れて嬉しそうに
台から降りたその子は俺に向かってなんか手で一生懸命仕草をやってるんだわ。
もうそれ見た瞬間涙が出てきてさ、その子がやってるのは手話で
「ありがとう。」
って意味だったんだよ。なんつーか周りにいて笑ってた人間や自分が
心底の情けなくなって、その子に
「ごめんな。」
っていいながら泣く事しかできなかった。
その後、俺とその子がジュース飲んでる所に保護者の人が迎えに来て
その子は何度も手を振りながら帰っていった。その子が渡してくれた
名前入りの「ありがとう」と書かれた紙を見ながら、これからは困っている
人がいれば変に格好つけずに助けよう、そう心に決めた。
なんかさ、ゲーセンにダンスダンスレボリューションって
あるじゃない。プレイしてる姿が明らかにダンスじゃないあれ。
俺の行くゲーセンにいる奴等であれプレイしている集団は
ホント五月蝿くてさ、正直嫌いだったんだよ。あのゲーム。
んで、この間ゲーセンに行ったらさ、なんか子供がそれやってんのね。
すごくたどたどしいステップで。しかもよく見てみると
後ろを認識してないんだ、これが。当然いい成績取れなくて
何度も何度もチャレンジしてるんだが、ダメ。もう半泣きでやってるんだよ。
んで、いつもやってる集団がそれを後ろで大笑いしながら見てるわけ。
もうなんて言うか、その子を助けたいと言うよりもそいつらに腹が立ってさ
その子の後ろからそっと近付いて、代わりに後ろのステップを
やってあげたわけよ。で、やっといい成績が取れて嬉しそうに
台から降りたその子は俺に向かってなんか手で一生懸命仕草をやってるんだわ。
もうそれ見た瞬間涙が出てきてさ、その子がやってるのは手話で
「ありがとう。」
って意味だったんだよ。なんつーか周りにいて笑ってた人間や自分が
心底の情けなくなって、その子に
「ごめんな。」
っていいながら泣く事しかできなかった。
その後、俺とその子がジュース飲んでる所に保護者の人が迎えに来て
その子は何度も手を振りながら帰っていった。その子が渡してくれた
名前入りの「ありがとう」と書かれた紙を見ながら、これからは困っている
人がいれば変に格好つけずに助けよう、そう心に決めた。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(1)
| 泣ける
2006年03月06日
最近の子でも
576 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:2006/03/04(土) 04:21:34 ID:I1VOl08f
全然、涙出るほどいい話じゃないんだけど
ふと思い出したんで書かせてもらいます。
俺は三月にギリギリで卒業した工房なんだが
去年あった話を…
俺は、どうしようもないヤツで
警察ともめたりとか、喧嘩とか、あほみたいな事ばかりしてた不良ってやつだった
そんなある日、あまりに暇だったから学校を無断で抜け出し
駅前までバスで遊びに行ったんだ
駅前に着いて、一服しようとタバコ取り出そうとしたら
何か、フラフラもたついてるじいさんが目に付いた。
俺は「うざってーなぁ、道わかんねーな来るなよ」
とか思ってた。
そのじいさんはただ、その辺をうろつくだけで、誰にも助けをもらうわけでもなく
誰も、助けようとするわけでもなくて
見てて居た堪れなくなり、声をかけた。
「どこ行くんだ?見ててイライラするから行きたいトコ連れてってやるよ。」
かなり不器用。こういうの慣れてなかったから
じいさんは「ありがとう。私は目が見えなくてね。家族とはぐれて困ってたんだ。」
と言ってきた
マジかよ。めんどくせー
とか思ってたんだけど、駅に連れてけば大丈夫かなって思い
連れてくことにした。
俺はじいさんの手を掴み、駅に向かっていった
そんな俺らを周りは、不思議そうに見てた
俺は黙って歩いていた
じいさんは、俺に話しかけてくる
年はいくつだ、学校には行ってるのか。そんな感じのことを聞かれた
適当に話してたんだが、じいさんおもろくて気付いたら、もう駅に着いてた
俺は家族と会えるように駅員にアナウンスしてもらったり
じいさん連れて家族を探してた。そしたら、運よく家族と再会できた。
もう用無しかなって思い、俺は帰ろうとした時にじいさんがこう言った
「本当にありがとう、最近の子でも君みたいに優しい子もいるんだねぇ…本当に助かりました。ありがとう」
って
俺は否定した。ついでに俺のしてきたあほな事も全部言ってやった。でもじいさんは
笑いながら
「元気だなぁ。でも、今日私を助けてくれた事には変わりない、優しい子だよ。
親も自慢できるだろね。」
って言ってきた
なんて言っていいか分からなくて「ありがと。でも自慢はできねぇだろwじいさん元気でやれよ」
とだけ言って俺もそのまま帰っていった
ずっと、お辞儀しててくれたっけな…
すごく嬉しくて俺、少し泣いてたな。今思うと情けなかったかなって思う
今、ふと思い出した事だから、曖昧なトコもあるかもしれないけど
書かせてもらいました。
長文、乱文失礼しました。
全然、涙出るほどいい話じゃないんだけど
ふと思い出したんで書かせてもらいます。
俺は三月にギリギリで卒業した工房なんだが
去年あった話を…
俺は、どうしようもないヤツで
警察ともめたりとか、喧嘩とか、あほみたいな事ばかりしてた不良ってやつだった
そんなある日、あまりに暇だったから学校を無断で抜け出し
駅前までバスで遊びに行ったんだ
駅前に着いて、一服しようとタバコ取り出そうとしたら
何か、フラフラもたついてるじいさんが目に付いた。
俺は「うざってーなぁ、道わかんねーな来るなよ」
とか思ってた。
そのじいさんはただ、その辺をうろつくだけで、誰にも助けをもらうわけでもなく
誰も、助けようとするわけでもなくて
見てて居た堪れなくなり、声をかけた。
「どこ行くんだ?見ててイライラするから行きたいトコ連れてってやるよ。」
かなり不器用。こういうの慣れてなかったから
じいさんは「ありがとう。私は目が見えなくてね。家族とはぐれて困ってたんだ。」
と言ってきた
マジかよ。めんどくせー
とか思ってたんだけど、駅に連れてけば大丈夫かなって思い
連れてくことにした。
俺はじいさんの手を掴み、駅に向かっていった
そんな俺らを周りは、不思議そうに見てた
俺は黙って歩いていた
じいさんは、俺に話しかけてくる
年はいくつだ、学校には行ってるのか。そんな感じのことを聞かれた
適当に話してたんだが、じいさんおもろくて気付いたら、もう駅に着いてた
俺は家族と会えるように駅員にアナウンスしてもらったり
じいさん連れて家族を探してた。そしたら、運よく家族と再会できた。
もう用無しかなって思い、俺は帰ろうとした時にじいさんがこう言った
「本当にありがとう、最近の子でも君みたいに優しい子もいるんだねぇ…本当に助かりました。ありがとう」
って
俺は否定した。ついでに俺のしてきたあほな事も全部言ってやった。でもじいさんは
笑いながら
「元気だなぁ。でも、今日私を助けてくれた事には変わりない、優しい子だよ。
親も自慢できるだろね。」
って言ってきた
なんて言っていいか分からなくて「ありがと。でも自慢はできねぇだろwじいさん元気でやれよ」
とだけ言って俺もそのまま帰っていった
ずっと、お辞儀しててくれたっけな…
すごく嬉しくて俺、少し泣いてたな。今思うと情けなかったかなって思う
今、ふと思い出した事だから、曖昧なトコもあるかもしれないけど
書かせてもらいました。
長文、乱文失礼しました。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(1)
| 泣ける
2006年02月26日
心霊ちょっといい話
751 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2005/08/12(金) 13:00:53 ID:0HvtL9dN0
去年のちょうど今頃の話なんだが。
仕事の関係で俺はほとんど日本にいなかった。
で、六ヶ月振りに日本に帰って来たんだよ。
帰ってきた港の直ぐ近くに祖母と叔父夫婦が住んでる家があったんで、土産持ってな。
んで、いつも通り「おいばばぁ!今年の夏は暑いけどくたばってへんやろなw」とか言いながら家に入った訳。
でも祖母の返事が返ってこない。いつもなら「お前こそ死んだと思ってたわwwww」とか笑いながら出てくるのに。
で、代わりに出てきたのが叔父。「ばあさん、3月に脳梗塞で・・・」って突然言われたんだよ。
慌てて祖父の仏壇のある仏間に行ったら、祖父の遺影の横に祖母の遺影が。
俺もう、大声出して泣いたのよ。祖母は大好きだったのに、その死に目にも会えなかったのかよってな。
そしたら、突然祖母の声が聞こえたんだよ。
「○○(俺の名前)、うちが死んだら笑ってやるって言ってたやないか!笑え!」
ってな。一緒にそこにいた叔父夫婦もしっかり聞こえたらしい。
もうそこからは俺も叔父夫婦も大笑いしながら大泣き。
滲んで良く見えない視界の隅で、祖母の遺影が笑ったような気がした。
去年のちょうど今頃の話なんだが。
仕事の関係で俺はほとんど日本にいなかった。
で、六ヶ月振りに日本に帰って来たんだよ。
帰ってきた港の直ぐ近くに祖母と叔父夫婦が住んでる家があったんで、土産持ってな。
んで、いつも通り「おいばばぁ!今年の夏は暑いけどくたばってへんやろなw」とか言いながら家に入った訳。
でも祖母の返事が返ってこない。いつもなら「お前こそ死んだと思ってたわwwww」とか笑いながら出てくるのに。
で、代わりに出てきたのが叔父。「ばあさん、3月に脳梗塞で・・・」って突然言われたんだよ。
慌てて祖父の仏壇のある仏間に行ったら、祖父の遺影の横に祖母の遺影が。
俺もう、大声出して泣いたのよ。祖母は大好きだったのに、その死に目にも会えなかったのかよってな。
そしたら、突然祖母の声が聞こえたんだよ。
「○○(俺の名前)、うちが死んだら笑ってやるって言ってたやないか!笑え!」
ってな。一緒にそこにいた叔父夫婦もしっかり聞こえたらしい。
もうそこからは俺も叔父夫婦も大笑いしながら大泣き。
滲んで良く見えない視界の隅で、祖母の遺影が笑ったような気がした。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(8)
| 泣ける
2006年02月20日
300円
201 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2006/02/19(日) 21:35:23 ID:iI5MlZ8a
小学校の頃、家はどうしようも無く貧乏だった。
父親を交通事故で無くし母一人子一人の母子家庭だった。
小学校の時、俺は遠足におやつを持っていく事が出来なかった。
前日のホームルームで「バナナはおやつに入りますか?」と
戯けるクラスメートを横目に絶対いかないと心に決めていた。
放課後帰ろうとする俺を理科室に来るよう担任の先生に言われた。
理科室へ行くと先生は目に涙を浮かべながら300円を握らせてくれた。
そして続けてこういわれた。
「いいか、お前は他の子よりも先に人生の不条理や苦痛を感じられ幸せだと思え。
親の代では負けたかもしれない、でも其れはお前の責任じゃない。この悔しさを
バネに伸し上がってお前の代では勝て。もしお前の子供が悲しい思いをする事が
あったら其れはお前の責任だ。金をやるのは一回だけだ。大切に使え。」
俺はその時買ったビックリマンのチョコの味を忘れない、そしてそのシールは
今でも大切に保管している。
小学校の頃、家はどうしようも無く貧乏だった。
父親を交通事故で無くし母一人子一人の母子家庭だった。
小学校の時、俺は遠足におやつを持っていく事が出来なかった。
前日のホームルームで「バナナはおやつに入りますか?」と
戯けるクラスメートを横目に絶対いかないと心に決めていた。
放課後帰ろうとする俺を理科室に来るよう担任の先生に言われた。
理科室へ行くと先生は目に涙を浮かべながら300円を握らせてくれた。
そして続けてこういわれた。
「いいか、お前は他の子よりも先に人生の不条理や苦痛を感じられ幸せだと思え。
親の代では負けたかもしれない、でも其れはお前の責任じゃない。この悔しさを
バネに伸し上がってお前の代では勝て。もしお前の子供が悲しい思いをする事が
あったら其れはお前の責任だ。金をやるのは一回だけだ。大切に使え。」
俺はその時買ったビックリマンのチョコの味を忘れない、そしてそのシールは
今でも大切に保管している。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(2)
| 泣ける
2006年02月12日
泣きたい夜には
137 名前:Mr.名無しさん[] 投稿日:2006/02/08(水) 23:05:08
つhttp://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6468
139 名前:Mr.名無しさん[] 投稿日:2006/02/08(水) 23:20:25
>>137
これいいな
140 名前:Mr.名無しさん[] 投稿日:2006/02/08(水) 23:49:40
>>137
。・゚(ノД`)゚・。
つhttp://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6468
139 名前:Mr.名無しさん[] 投稿日:2006/02/08(水) 23:20:25
>>137
これいいな
140 名前:Mr.名無しさん[] 投稿日:2006/02/08(水) 23:49:40
>>137
。・゚(ノД`)゚・。
この記事へのリンクはこちら
posted by in
| コメントを書く(2)
| 泣ける